| 防府JCのふるさと創生 スライド・ビデオ ルネッサンス防府 ナレーションから
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防府は教育のまちでもあった。 右田毛利の時観園は、おそらくは日本最初の郷土塾、「郷学」であり、萩の「明倫館」よりも、幕府の官学「昌平黌」よりも早くつくられている。 さらに河野養哲の越氏塾。 それは養哲が、己の名利を捨て、人材教育にその生涯をかけた、まさに山口県教育の原点とでも言うべきものである。 三田尻の英雲荘、それは山口県の中で、防府をその中心に据えたいと願った一人の藩主毛利重就公の「遺言」である。 あるいは、かつては言語に絶する業病といわれたハンセン病に挑んだ光田健輔。彼は、この世で最も不幸な人々に対する最も神に近い存在、として慕われた、一つの光茫であった。 「松はみな枝垂れて 南無観世音」 現世では、乞食坊主と評されながら、死後50年たったいま、純粋な詩魂の光を放つ、俳句の「山頭火」。 私達は、こうした人々の生き方の中から、防府の独自の心や文化を探しあてていかねばならない。 まちづくりの志 そして私達一人一人が防府にたいする自信と誇りを取り戻し、そして自らの進む道を自ら考え、自ら行動するという自立の心、即ち「志」をしっかりと、まちづくりの中に打ち込んでいかなければならない。 そのとき防府は、新しい山口県の担い手、中核となることが出来るのである。 いま防府は、新たな「まちづくりの志」を得て前進する。 母なる川・佐波川も、瀬戸の海も、山々も、彼らはみんな知っている。 波風にもめげず、舟を漕ぎ続ければ、いつかは目指す岸辺にたどり着くはずだ。 「ルネッサンス防府の完成」 いつかその日は来るであろうか。 やがてその日は来るであろう。 〈スライド・ビデオ25分間〉 く製作スタッフ〉 構 成 松下 文二 撮 影 桜井 宏明 社会計画研究所 斉藤 次男 ・ 福士 斉 ・ 伊藤 道子 ・ 武井 州一 協 力 大村印刷梶@ |
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