桜が好きな社長のブログ

これは花火ですね。涼しそう。

涼しくなりましたが<冷房のおはなし>です。アツい時に冷房の話をしたくなかったので。

冷房機が13台あります。30年前につけました。去年の夏に更新しました。1000万円近くかかります。電気代も月に100万円を超えます!!でも涼しくなくては仕事になりませんよねえ・・・


これが、ほんとの冷房機です。

13台あります

一月の電気料金が100万円を超えます。夏は・・・


明るさ2倍・消費電力半分・・・だそうですよ

2017年9月に<無電極ランプ>に交換しました。建物1000坪ですが・・・。明るさ2倍で消費電力1/2というPRにのりました。丸一年経ちましたが、まあ、よかったと思ってます。


影が少ないです。やさしい光り

右上の2個、見えてます

光りがやさしいです。まぶしくない。使っていて助かるのは<すぐ点(つ)くこと!>


夜だと拡散具合が、よくわかります

LEDは、境目がわりあいくっきりでますけど


ジャカルタの第一ホテルからの眺め


ジャカルタの第一ホテルからの眺め

通訳ガイドさんの解説;インドネシア在住日本人は1.5万人です。木製品よりもプラスチック製品のほうが高い。石油よりも飲料水のほうが高い。子どもは平均4.4人だけど、年では2人制限。クルマは3人乗っていないとジャカルタ市内には入れない。チェックゲートの前後で<こどもが乗って、すぐ降りて、子どものバイトになる(千リラ=40円)>。学校は午前午後の2交代制。教員の給与が安くて教員が足らない。小学校卒60%、中学卒20%~30%です。掛け算ができたら優秀です。採用!食事は40円~80円でとうふや焼そば。大統領ファミリーの金儲けが眼に余る。まあバナナを家に植えておけば食える。能率・効率・工夫・向上という・・・ことはナイ。


丸紅さんの造成、支援する工業団地

工場はキレイです。半導体工場

訪問先の責任者のかた

ここは東芝マークですね

NECの看板発見

工場はひろくてキレイ

イスラムの若い女性がぎっしり

土は赤い

大通りは7車線で一方通行

現地の投資コンサルタント、Rahman氏の話し;役人への裏金料は手続き料とおもってください。標準があるのでボラレないように、気をつけて。いくらでやってくれるか?10%バックするとか・・・。と直接どんどん聞いていい。給料が安いのでよろこぶ。しかし、あてにしない。しかし諦めない。近所のモスクなどに、細かい金額で何度も寄付すると、何かあったら、まわりが応援してくれる。


学生はエリートですよ

都会の女性たち

街の様子は;7車線で一方通行。バイクは全員ヘルメット着用している。水色ワゴン車がタクシー、個人営業の大さびのバス、インド製のオレンジ色の底が抜けていそうな3輪車タクシーも活躍。衛星放送はパラボラアンテナでNHKも入る。


いろいろなクルマがイッパイ

現地の投資コンサルタント、Rahman氏の話し;関係者の言うことが全部食い違うことがある。文書でもらう。法律を確かめる。法律はどんどん、前触れなく変わる。法律は出てから半年たって運用が定まる。オランダ式で契約書はコピーはダメ。原本しか証拠にならない。日本はドイツ式。契約書は防犯フェンスと思って、ないよりはあった方がいいので必ず契約書はつくる。現地のコンサルタント会社は「わからない」という勇気がないのでわからなくてもわかったふりをすることが多い。現地に長い日本人も感覚がインドネシアです。気をつけてください。


樹の高さがすごいでしょ!すぐ大きくなるらしい。

ここでも自転車リヤカーが活躍

ときどき、こんなかっこいい、きれいな建物あり

サッカーをしています

三菱マークが見えた

ぎっしりの軒並み

現地の投資コンサルタント、Rahman氏の話し;<キラキラOK!>キラキラ=アバウトな人でないとノイローゼになる。7割大丈夫ならOk。というセンスでいかないと進まない。インドネシアでは埋蔵資源(石油・鉱物)がわからない。採掘技術もない。350年間支配したオランダが知っていて隠しているんじゃないかとみんな思っている。電気と水は沢山使うと高くなる。会社は大企業と小企業で、中間はない。台湾・韓国系は待遇が悪くてきらわれている。日本はアメリカ並みで評判は良い。しかし、外資企業で働くことは外国人のために働くことと思っている。独立・憲法草案委員会には日本の将軍がたくさん参画していたことはみんな知っているが、民族のプライドとして言いたくない。


始業前の小学校正門まえ

子どもたちは、始業前、校門前の空き地で嬉々としてすごす。オトコの子たちは群れかたまって顔を寄せ合ってドラゴンボールのマンガを覗き込む。女の子達は日本とおんなじのゴムとび。飽きると走り幅跳びをはじめた。男女とも赤いネッカチーフがかわいいなあ。


ひたすら緑の樹の大地。土は赤い

村山首相が泊まったホテル

村山首相が泊まったハノイホテルが拠点。高層ビルは、ほかにない。周辺はたくたくさん団地である。5階建て、13棟連なっている。のこのこ迷い込んでいく。Tシャツの若者たちが10人くらいで石の台でビリヤードをしている。ニコニコ和やか。犬を連れて走っていく女の子。手にはドラエモンの漫画本。


500mむこうの見本市会場がにぎやか

500mくらい歩いた先の見本市会場へ入ってみた。入場料3000ドン、30円。おつりをもらうと、そのおばさんの腕の下に幼稚園くらいの女の子が待ちかまえていて、ちょうだいという。あげました。笑顔がかわいい。別の日ですが、観光客がくるところでは、必ずお母さんが子どもを数人引き連れて、<お土産を買って><1ドルおくれ>と全員が熱心に取り囲む。ガイドさんからは断ってくださいといわれているので、ゴメンネ、バイバイ。と逃げ出すわけですが、一度、女の子にほっぺたをつねられました!小さな子がニコニコしながらだから、こっちも笑ってしまう。しかし、こんなの生まれて初めて。

見本市会場は、日本でいえば、デパートのバーゲンセールの雰囲気。どのコーナーも人だかり。すいているのは機械のコーナーだけ。展示もすくなくカタログだけ。お国は西独・中国・韓国だけ。ちょっと質問してみたけど、英語がほとんど通じなくて、まあいいか。人気は化粧品。香水が50円。すごく高いものは200円。そういえば周りの女の人は化粧しています。眉や口紅、それから香水!お化粧して、サングラスとパンタロンできめて、彼氏と腕を組んで闊歩する。いいですねえ。目立ちます。10年前の中国の雰囲気。食べ物もよく売れている。お土産にキャンディを買った。愛想がいい。おつりの計算も早い!ヨーロッパの店員さんより優秀。


ホテル向いの、5階建て13棟の立派な団地

団地の広場では子どもたちがにぎやか

団地の広場では小学生が10人くらいで輪になって、いや、団子にかたまってサッカーボールの蹴りあいをしている。キャアキャア楽しげ。女の子は赤いネッカチーフの制服のままでなかなかかわいい。むこうの本格的運動場では若者たちがサッカーをしている。見物もいる。なかなか本格的である。コンクリート敷きである。半パン、ランニングシャツ、裸のやつもいる。素足のやつもいる。みんな怪傑ハリマオみたいな精悍な感じ。しかし、眼が合うのに、誰も<外人だあ>という反応がない。張り合いがないなあ。

テント貼りで木箱の屋台本屋で漫画本を買った。ちばてつやの<おれは鉄平>と<ドラゴンボールZ>を買った。50円。となりのパン屋でパン1個10円。缶ビールを頼んだらバアチャンが、1本?2本?と指で確認すると広い道をむこうへ走っていってしまった。年寄りを走らせる気はなかったのですが、ほどなく、ニコニコ駆けてお帰りです。ショーケースの缶は見本だったんだろうなあ。恐縮恐縮。


雑貨屋さん

広い道路沿いは何でもあります。レストラン、肉屋、本屋、食料品屋。なかでも雑貨屋さんにはなんでもあって、衣類・洗剤・化粧品・バイク部品・カセットレコーダ・工具・文具・・・。おおむね1品づつ並べてある。アメリカのロックやニューミュージックのカセットが100本以上ぎっしり並べてある。市販のケースに曲名がタイプしてあるだけ。海賊版です。1本1万ドン・100円。子どもには高い買い物である。しかし、貼り付いて選んでいる。欲しいんだああ。

どのお店でも英語は通じない。それでも本屋さんにはアメリカの楽譜は沢山あります。フォスターからマイケルジャクソンまで。カーペンターズやビートルズもある。日本のものは見かけない。歌本とカセットテープを買いました。日本にいるベトナム人にあげることになっている。南のホーチミンではアメリカの1950年代ポップスが大流行中。


ドラッグストアです

なんでも運ぶ人力車

7人乗っておおはしゃぎ

学校がえりにシクロ(自転車式人力車)に男の子達が7人でワイワイ騒ぎながら載っている。運転手もニコニコしている。200ドン、20円。観光客は1万~2万ドン、100円~200円。夜だと10万ドン、1000円とも聞いた。


きれいな3階建て

ホテル向かいの立派な団地

自転車が多いでしょ

おしゃれな自転車がめだちます

山本寛斎のイベント会場があった

戦闘機も宇宙衛星カプセルも、本物展示

広壮なハノイの戦争博物館には実物が展示してある。ジェット戦闘機、戦車、ソ連の宇宙衛星カプセルもある。ミグ・ジェット戦闘機の座席は身動きできない。僕のサイズでこれ。ガイド嬢の説明の端々には<戦勝国の誇り><アメリカに勝った高揚>があふれている。現在でも105万人の軍隊を持つ国である。中国300万人、タイ28万人、日本24万人。300万人の北の政治都市ハノイ、700万人の南の商業都市ホーチミン、なんといってもアメリカが20年間おかねを注ぎ込んだ南のまちは本音ではアメリカ大好きに見えた。

ガイドは女子大生だった。ハノイ国際貿易大学、有名校である。将来は貿易の仕事につきたいという。当然親は共産党のエリートである。日本に留学したい半年50万円かかるというがこの金額は高いですか?と尋ねるので、日本では高くないですよ、と答えた。ベトナムの平均年収は3万円である。大金です。音楽の話では、急に生き生きして、バイオリンを習った。ヨハンシュトラウスのコンサートが年に一回ある。ウインナワルツガがとても好き。昨晩食事したレストランでは、女主人がピアノを弾いてくれたが、先月はそこでコンサートがあって月光ソナタが素敵だった。とふたりでメロディを歌ったりして盛り上がった。


みんなきりっとしてる

サングラスのおしゃれなお姉さま

クラッシック服装のおばさま

サングラスのおにいさん


とにかく、人がたくさんです。アジアの自慢!真正面から道イッパイにこっちへ来るんです。それでも<ダイジョウブ!>

空から眺めると、ともかく緑の田んぼばかり。土はコーヒー色である。ボクは初めての街に行く時はいつも空からの景色を楽しみにしている。東京なんかは、真っ白い貝殻を敷き詰めたように見えたなあ。

ホーチミン(昔のサイゴン)は、なんといっても人口700万人の大都会だ。それなのに街らしきものが見えないままに着陸してしまった。ガッカリ。ボクは、飛行機で荷物を預けないので受取カウンターで待つことが無い。一人で外へ出てみた。2階だてのターミナルビルは、昔の防府駅から、壁や通路の掲示や飾りなんかを全部取り払って、壁を真っ白に塗りました・・・という雰囲気である。

黒いズボン・白半そでシャツの男性たちが何でだろうか?押し合いへし合い人垣をつくっている。両替え所は?と見渡すと、ベニヤ板で囲って、学校机ひとつの、宝くじ売り場の雰囲気のものがポツンと1箇所だけある。歩み寄って、女子高生にしか見えない女の子に10ドル(1000円=10万ドン)渡すと<こんなにたくさん!!?>と言った。5万ドン札を2枚くれようとしたので、5000ドン札を21枚もらった。はにかみながら、それでも笑顔での応対が新鮮だった。あとで聞くと、平均的な生活費が1か月1500円だそうで、今の日本で考えれば<10数万円~20万円を両替えして!>となったわけですねえ。


売り出し中の工業団地!300ha(3km×1km)です。台湾の会社が仲介。3000坪で1億円!!まあ、50年間リースですが高い!?

アジアの工業団地の、よくある風景。れんが塀ですね。

三菱自動車の工場です。ただしノックダウン(現地で最終組立)だけ。

三菱自動車が今年(1995年)3がつからベトナムで小型バスの生産を開始した。その合弁会社社長から話を聞いた。オフレコ(ベトナムでは内緒!)も含む貴重な話だった。

ベトナムの人はレベルが高い。バイクの修理屋経験者がたくさんいてエンジンをいじるのは好き。終業後に英語学校に通ったり、とにかくよく勉強する。ほとんどが高校卒で勉強自体が好きなように見える。教えれば日本人よりうまく働くかもしれない。ただし、定着しない。半年くらいで、みんな、ドンドン辞める。ずっと同じ会社で働くという文化・習慣そのものがない。

工員は月9000円、事務職は月2万円、運転手は特殊技能者で月1万円~5万円。年収3万円のベトナムではいずれも高給である。日本人社長の給料は聞き損ねたが家賃が月45万円だそうである。4万円ではない。武装ガードマン付である。しかし、給与格差にベトナム人が不満を漏らし始めており気をつかっているとのこと。

ところで、ベトナムでは<給料は?>と尋ねると<サラリーか?テイクホームか?>と問い返されるそうである。ベトナムでは、会社で購入する品物は代金の数パーセントを納入業者がリベート(裏金)として支払い、これを積み立ててボーナスとしてみんなで分配する。帳簿にのらない、税金はかからない、統計にも当然載らない。なにをするにも、この<ご苦労さん料(と社長が言った)>が不可欠の由。というわけで、公称サラリーよりも、実際のテイクホームはかなり多くなる。

お米1kg30円、ミネラルウオーターが1本30円。水道水は沸かさないと飲めません。水道がない地域も普通。コーラ1本80円。パン1個10円・・・・そこで、三菱自動車のマイクロバス1台300万円!まだまだ個人のものになるには遠いとおい、自動車である。


一日の生産が4台!!間違い?!40台でも400台でもありません。向こうに見えるのは建設中の新・大・工場。

100名の鉄工所。製缶も機械工場もある。

ならんで説明を受けています。机や壁の雰囲気が昭和30年代でなつかしい。

国営の鉄工所を視察した。100人で街路灯を製造している。ホーチミン商工会議所職員が同行する。事務所は4階建てだが人気(ひとけ)がない。男性4人女性4人くらいがいるが、どの部屋もほとんど空き部屋。案内された会議室の扉(ドア)には共産党の封印紙が半分残っていた。部屋の隅の大きな書類ロッカーは封印紙を貼ったままである。そのロッカーの上には7月25日付の台湾高雄県の会社からの大型封筒が開封されず載っている。訪問は10月のことである。これらをいちいち確かめる私も変だが、これを質問は・・・できないです!


旋盤がありました。日本製、どうみても戦前の。

部屋がたくさんありますが、空き部屋多し。事務所には10名くらい。

製缶工場は、古くて大きな溶接機が1台あった。1台しかない。製品らしいものは、ゴミ箱?が8個、ステンレスの2mくらいの水槽?が<転がしてあった>。溶接の出来は70点くらい。意外に上手である。


なにかの容器ですが、1個置いてありました。

機械工場は旋盤が6台ある。50年以上前(1945年より前)のものばかり。日本製のものもあるが、ベルト駆動で、日本では博物館にもない。ちょうどホテルでみた新聞1面に<直結旋盤を導入>なんていう記事があって昭和30年代にもどった気がしてしまった。

フライス盤やボール盤もあって、削ったり、穴を空けたりしているが、総じて戦前?昭和30年代?のレベル。ということは加工の精度は10分の1mm程度。日本では100分の1mmが当たり前。数字ではわずかなちがいだが、桁がちがうということは100mを10秒で走るのと100秒で走る違いなので、差は随分おおきい。

しかし、なによりも、現場が暗くて、キタナイ。更衣室兼物置?はゴミ捨て場と変わらない。5Sが広まるのはいつでしょう?整理・整頓・清潔・清掃・躾ですね。

日本から、某メーカーが合弁の視察に来たが、その後連絡がないとのこと。まあ、無理もないことである。


首の長~い、背の高~い街路灯の頭の部分です。工員さんが4名。

国営鉄工所の続きである。社会主義国だから、作れと命令されたものをつくる。作った物は売れる(引取ってもらえる)そうである。競争はない。給料も競争はない。男性・女性・年齢・家族数・働き程度にかかわらず同じ給料だそうである。ホントかどうか知らない!

会社が払う税金は売上の20%だそうである。もうけという概念がないので売上が対象となる。合弁しようとすると、政府担当者とはなしがかみあわないよ・・・・とガイドブックに載っている。えらいこっちゃとおもう。


通りは人と、自転車と、三輪リヤカーであふれてます。

ここでは、バイクばっかりですね。バイクのことは<ホンダ>といいます。

10mを超える高さの立派な街路樹の通りを、クラクションを鳴らしっぱなしでバスが<突っ走る>。交通信号はない。道路一杯にバイクと自転車があふれている。後ろは全然見ない!右折も左折も自由自在、勝手気ままに見える。それでいて5日間でぶつかるところは見なかった。たいしたものだと、変に感心してしまう。


ここは、中級~高級アパートですねえ。

お~、各部屋にエアコンが付いている!

<戦争博物館>といいます。アメリカはこんなにわるいことをした!という展示です。

ふりかえれば、サイゴン陥落が1975年、訪問の20年前である。ベトナム戦争は1960年からでいわゆる北爆が10年間続いた。ルバング島にいた小野田少尉が、毎日上空を飛んでいくたくさんのB52を見て、日本がベトナム北部で健在だと判断したそうだが無理もない。


ベトナム戦争1960~1975、いわゆる北爆は1965~1975.アメリカ人がたくさんいますが、まあ、20年前に戦争は終わりましたけどね。

4年前に建った高層ホテルです。年収3万円の国ですが、一泊1.5万円~3万円でする。

ホーチミン(旧サイゴン)はフランスが明治・大正時代に70年かけて造り上げた街である。ロータリーがあってそこから放射状に広い通りが伸びている。つまりパリの街づくりと同じである。といっても、最初の構想がおなじということで、今のパリと比べてはいけないのである。高層ビルは4年前に建った外国人向ホテルなどしかない。そこに泊まりました。年収3万円の国で一泊1.5万円~3万円である。バンコクでの高層ビル建築ラッシュなど全くなくて静かなものである。


ホテルからの景色。その1

ホテルからの景色。その2

ホテルからの景色。その3

あの洪水のようなバイクは1台20万円するそうで、年収3万円の人たちがなぜ?なぜ?みんなが買えるのか?これはまた、あとで。

男性は黒ズボンに白シャツなのに女性は色とりどりである。つまり、大変稀にだが、東京のオフィス街から抜け出てきたようなオシャレな女性をみることができる。男性で上着を着た人をついに一人も見なかった。男性は道端にしゃがみこんで、まっ昼間から4~5人の井戸端会議があちこちで開催されている。

しかし、街へ出れば、軒を連ねた商店にはカラーテレビが何十台も、まるでマルチウインドウのように積み上げてあったりして(!)、たしかに活気はある。9年間のドイモイ(経済開放政策)の成果だろうか。まあ、アメリカ次第と思う。アメリカが経済制裁を解除したのは昨年(1994年)である。


大きな市場は人でいっぱい

街の散髪屋さんです。自転車の女性もいます。


お電話でのお問い合せはこちら(受付時間 9:00〜17:00)

電話番号:0835-22-3015